2006.11.07 Tuesday
「アンダルシアのスパニッシュソング 2006ツアー レポートその1」
「アンダルシアのスパニッシュソング 2006ツアー レポートその1」
気がつくと月一連載になっていた薩軍である。
しかし、最近のアフィシオンレコードは何故か一日のヒット数が多い。
3年かかってやっと5000くらいだったのが、仕切り直し後の半年で4000を超えている。
どういうわけなのだろうか?全くもって謎である。
言っておくが、私は意図的にクリックして件数を増やす姑息な真似は最近はしてない。
今、姑息と打って気づいたのであるが、
姑の息で、姑息=間に合わせ、一時のがれ とは、先人の感性は素敵である。
そして「姑」自体も古い女である。
このような表現が、今だにフェミニストからのクレームも受けず
存在を抹消されていないのは奇跡と言える。
いやいや、「息」は「いき」ではなく、「息子」であり、つまりは「姑の息子」が一時のがれの間に合わせということで、存在を許されているのかもしれぬ。何の話だ。
かっての「二百三高地」作戦はなんだったのであろうか。
毎日文章を更新したところで、10くらいしかアップしていなかった…
こうなると、このコーナーはいらないのかもしれない。
廃止しよう。
気がつくと月一連載になっていた薩軍である。
しかし、最近のアフィシオンレコードは何故か一日のヒット数が多い。
3年かかってやっと5000くらいだったのが、仕切り直し後の半年で4000を超えている。
どういうわけなのだろうか?全くもって謎である。
言っておくが、私は意図的にクリックして件数を増やす姑息な真似は最近はしてない。
今、姑息と打って気づいたのであるが、
姑の息で、姑息=間に合わせ、一時のがれ とは、先人の感性は素敵である。
そして「姑」自体も古い女である。
このような表現が、今だにフェミニストからのクレームも受けず
存在を抹消されていないのは奇跡と言える。
いやいや、「息」は「いき」ではなく、「息子」であり、つまりは「姑の息子」が一時のがれの間に合わせということで、存在を許されているのかもしれぬ。何の話だ。
かっての「二百三高地」作戦はなんだったのであろうか。
毎日文章を更新したところで、10くらいしかアップしていなかった…
こうなると、このコーナーはいらないのかもしれない。
廃止しよう。